さいたま市太田窪・大在家・原山を見護る神社                        (Click Foto)

例えば今のコロナ禍中、わたしたちヒトの科学をもってしてもどうしたら良いのかが全く判らないことがあることを知ります。今私たちは、いずれヒトの科学がコロナへの対処法を見いだすことを信じて、ひたすら自分や身近に感染が及ばないように思いつく予防をしながら祈るしかありません。

「いのる」の語源は「生(い)宣(の)る」または「意(い)宣(の)る」ですから、まさに生きていたいという意思を宣言してみているわけです。「祈るしかない・・・」。わたしたちヒトにしかないことです。今病院でECMOにつながってウイルスと戦っているお父さんの回復を医療を信じて祈るしかない。何もしないではいられないのです。いてもたってもいられないのです。家で一人で祈っていても、祈りが足りないかもしれない。そう思うと気が鎮まらないのではありませんか?その祈りを誰かに向けられたら、折れそうな心の支えになりませんか?

さいたま市が東京のベッドタウンとして住宅地として発展するなか、太田窪・大在家・原山に住むことになった方も多いですから、八雲社が皆さんの「産土神(うぶすな)」とは限りませんが、住んでいる皆さんを護る「氏神」を祀る神社です。皆さんは全員氏子です。

江戸時代中期にこの地域に疫病が大流行し、多くの病死者がでました。1841年(天保12年)、疫病退散のご利益で有名な京都八坂神社の牛頭天王(ごずてんのう)の御分身を村人が持ち帰り、社殿を建立し勧請をしたところ、疫病が沈静したことが八雲社の始まりです。このご利益に感謝して、八雲社の「天王祭」も始まりました。

まねごとの祈りついにまこととかすまで。住む皆さんの生宣り(いのり)を間近で受け止めて護り続けてきた小さな地元の八雲社です。

(20200830 総務mk)

 

【勧請(かんじょう)】  神仏の分身・分霊を他の地に移して祭ること。


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